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zoom RSS 東京研究会(原子力をめぐる文化表象シンポジウム)

<<   作成日時 : 2012/10/18 17:19   >>

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平成24年度 国際文化表現学会 東京研究会

シンポジウム「原子力をめぐる文化表象」

日時:平成24年度12月8日(土)午後2時45分から

場所:日本大学文理学部3号館3503 

司会:宗形賢二 「福島におけるメディアと原子力表象」

<パネリスト>

1.松岡直美 「ヒロシマとフクシマを結ぶ言説、その空白」

2.植竹大輔 「アメリカン・コミックとアメリカ映画に見る原子力の姿」

3.安元隆子 「チェリノブイリ原発事故はいかに描かれたか」

<ディスカッサント>

  齋藤 伸


会場最寄駅:京王線 桜上水または下高井戸



<シンポジウムの趣旨>

昨年の3.11の東日本大震災で、もっとも深刻な被害を受けてしまった福島は、今後何十年間か、あるいは数百年間か、放射能の影を背負いながら存在して行かねばならなくなりました。本学会の福島に在住する会員も、そのような現実をどうのように受け止めて良いのか、1年たってようやく冷静に考えることが出来はじめた、というのが偽らざる状況のようでした。そこでこの機会に、本学会でも、原子力(あるいは放射能)と文化表象というテーマでシンポジウムなどを開催し、戦後日本の文化と政策の歩みを見直すことができないかという提案からこの度のシンポジウムを開催する運びになりました。
幸い本学会では、長年、原爆や放射能をテーマに文化表現の研究を続けてきた方々に会員となっていただいております。松岡氏は、以前から原爆文学などをテーマにし、今年の3月もアメリカ比較文学会で「広島と福島」を結ぶ言説について発表したばかりでした。安元氏は、近年チェルノブイリの問題を研究・教育に取り上げています。文学のみならず映像研究にも強い関心を持つ植竹氏は、大衆文化の影響力という立場からの研究を続けており、討論者の齋藤氏は、福島在住アメリカ研究者という立場から、3.11と福島という視点でさまざまな議論を投げかけていただけるものと期待しています。
世界で唯一の被爆国たる日本が、科学的な知識や事実とは離れた次元で、たとえば原子力の無限の可能性を信じていた時代があり、逆に、津波の瓦礫の受け入れにはとにかく反対、などの一般の反応を考えると、原子力や放射能が我々(日本人)の意識の中でどのようにイメージされ定着してきたか、を再検討することは、いまだからこそ意味のある作業だと思われます。


<シンポジウム要旨>

「福島におけるメディアと原子力表象」

日本大学国際関係学部 宗形賢二

福島におけるメディアの影響を調べるため地元紙(『福島民報』等)を調べてみると、原爆への不安と同時に原子力への期待という1950年代当時の日本全体の空気とほとんど変わらず、むしろかなりナイーヴに原子力を受け止めているかのような報道が目立ち、僻地の発展への期待が大きいにしても、3.11体験後の目からはやはり無念さを禁じえなかった。しかし、ここではむしろ、元県知事の佐藤栄佐久氏の言うように、官の意図的な戦略があり、それは元を辿れば、アメリカ、正力松太郎、読売、日本テレビ、というようなメディアの流れの中で、東北が長い間、中央に対する一種の植民地的立場にあり、食糧や電力や労働力を供給しており、その延長線上に原発があったとみるべきなのかもしれない。原子力への意識が大きく変わったと言われる1954〜55年前後の地元紙には、一方で電力の必要性と巨大ダムの建設というような景気の良い記事が掲載され、それと並行して、福島の娘を人身売買した罪で逮捕された話なども掲載され、当時の経済的実情を示してくれる。アメリカの「原子力の平和利用」(Atoms for Peace)という謳い文句は、『アトム』や「ビキニ」「水爆娘」として被爆国日本で、ある意味で見事に受容され、原子力の負の面への鈍感さを育んでいった。 高度成長期に入りかけの日本の寒村が、原子力を通して未来への希望を見出していることが、当時の地元紙を見ることである程度理解されるように思う。


「ヒロシマとフクシマを結ぶ言説、その空白」

日本大学大学院総合社会情報研究科 松岡直美

2011年3月11日の東日本大震災以降、日本のメディアは福島第一原発のメルトダウンによる放射能禍と広島と長崎の原爆災害を結び付けて語ることを避け続け、今日に至っている。理由の1。戦後、アメリカ合衆国占領軍は徹底した検閲によって、原爆の2次被害、とりわけ残留放射能の人体に及ぼす危険性について語ることを禁じた。それから60有余年、原爆について語ることは「反米」であり、かつ/あるいは、過去に拘り過ぎる反動的なものと考えられてきた。理由の2。被爆者とその子供たち世代への「気遣い」である。被爆者が就職や結婚において差別され、再び被害者となることへの危惧である。福島の原発事故被災者を広島・長崎の被爆者と結び付けることは、「気遣い」が足りないとされるのである。第3の理由。日本は世界唯一の被爆国でありながら、日米安全保障条約と産業経済振興のために核エネルギー推進を国の政策としてきた。そのような文脈において原発を原爆に結び付けて語ることはあり得ない。日本が確かに経験した「破壊あるいは戦争のための原子力」を語ることを抑制する一方で、「原子力の平和利用」を語ることは奨励されてきたのだけれども。


「アメリカン・コミックとアメリカ映画に見る原子力の姿」

日本大学工学部 植竹大輔

原子力に対する認識はアメリカと日本ではかなりの温度差がある。それは福島原子力発電所事故以降に顕著になったが、それ以前に被爆国としての立場が大な要因となっているからである。その一方で、アメリカと共通した認識も示している。この発表では、平和利用の原発と軍事利用の原爆の2つの視点で、原子力に対する認識がアメリカン・コミックとアメリカ映画というカルチャーにどのように投影され、影響されたかを検証する。
 アメリカン・コミックに登場するヒーローはその殆どが「マーベル・コミック」と「DCコミック」に登場する。彼らの誕生と基本的なパワーの源は、放射能被爆による突然変異である。これらヒーローの活躍は、幼少期の読者に、放射能に対する誤解をもたらすだけでなく、原子力開発への肯定的な可能性への幻想を抱かせた。放射能の大量被ばくという恐ろしい事態を、飛躍的な可能性への発想へと導き、楽天的な放射能認識を刷込んでしまった。
 日本との一致点は、この原子力への輝かしい可能性という発想である。被爆国日本はミュータント化するという発想には至らないものの、手塚治の「鉄腕アトム」に代表される極端な科学信奉と幻想を日本の子供たちに刷込んでいった。やがてそれは便宜性に捕われた生活観念と高度成長の時期と重なって、原子力の存在は肯定的に受け入れられる風潮を産んだ。
 軍事利用の原爆に関する認識では、巨大なエネルギーと破壊力という点ではアメリカと日本では共通している。ただ、第二次世界大戦を終戦に導いた要因として原爆投下の正当性を主張するアメリカにとって、原爆は全ての事態を解決する最終手段として一貫して位置づけている。特に気になるのは、原爆の決定的な破壊力が矮小化されている事である。また被爆の恐怖に関する描写は一切無い。誤った認識が映画を通じて刷込まれているのである。
原子力の本来の姿を認識する上で、アメリカン・コミックと映画が事実誤認へと導いた影響力は大きく、その責任は重い。


「チェルノブイリ原発事故はいかに描かれたか」

日本大学国際関係学部 安元隆子

 チェルノブイリ原発事故(1986) の被曝者とその周囲の人々の証言を集めたものがスベトラーナ・アレクシェーヴィッチの『チェルノブイリの祈り』(1996)である。ここには恐ろしい被曝症状が描かれると同時に、人々を支配した旧ソ連の国家イデオロギーも透かし見える。ところで、この本のサブタイトルは「未来の物語」である。チェルノブイリはいかに「未来」に語り継がれたのだろうか―。事故の翌年、ドイツで発表されたG・パウゼヴァングの『みえない雲』。この本は「知ること」の重要性を訴え、その後のドイツの脱原発政策へと人々を導く補助線を作ったと考えられる。また、マリオン・デレオのドキュメンタリー映画『チェルノブイリ・ハート』(2003)や、ニコラウス・ゲイハルター『ホワイトホース』(1999)は今なお続く子供たちへの深刻な被曝被害を訴えていて衝撃的である。一方、日本では、本橋成一が映画『ナージャの村』(1997) 『アレクセイの泉』(2002) でチェルノブイリを描いた。しかし、その方法は「生命」―人々の暮らしを描くことに力点を置き、被曝の恐ろしい現実とはほど遠い美しい風景画のようだ。また、最近、今関あきよしの『カリーナの林檎〜チェルノブイリの森』(2011)が公開されたが、そこには寓話化されたチェルノブイリがある。日本人のこうしたチェルノブイリの描き方に対し、「福島」を予言したかのような詩人・若松丈太郎がいる。しかし、彼は予言者ではない。チェルノブ入りをまっすぐに受け止め、言葉にしたにすぎないのだ。若松の視線の意味について考察していきたい。

















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