国際文化表現学会第15回大会プログラム・研究発表要旨

The International Society for Cultural Expression

国際文化表現学会 第15回研究発表会・総会


日時:2019年5月25日(土)
会場: 日本大学生産工学部津田沼校舎39号館5階
A:501  B:502  C:508教室

11:00 理事会(507教室)

11:50 受付開始

総合司会:             日本大学 平塚博子

12:20 開会の辞(501教室)会長・佐野日本大学短期大学学長・日本大学名誉教授 
           佐藤三武朗

   *会場校挨拶           日本大学生産工学部長   落合 実 教授

12:30 研究発表A (501教室) *研究発表は、発表25分・質疑10分
 1. 白居易の詩における「雪」の表現について
日本大学(非) 中元雅昭
(司会:日本大学 呉 川)
 
2. 広津和郎のバーナード・ショー受容――武者小路実篤への批判を通して――
日本大学(非) 永吉和隆
(司会:日本大学 小田切文洋)

3. The Story of the Wedding Ring から考えるバーサ・クレイの再評価について
日本大学 松井洋子
(司会:日本大学 梅本順子)
*発表者の都合によりキャンセルとなりました。

 4. フロベール『感情教育』における「無気力な情熱」と崇高性の問題
日本大学 橋本由紀子
(司会:日本大学 江島泰子)

12:30 研究発表B (502教室)  
 1. 「明治民法における配偶者相続権についての一考察」
-明治民法は、どのように外国法の影響を受けたのか-
日本大学(非)  鈴木信好
(司会:日本大学 小野健太郎)

 2. 日本におけるムスリムの現状―滞日インドネシア人の事例から―
日本大学 伊藤雅俊
(司会:元日本大学 吉田正紀)

3. 米国経済におけるヒスパニック移民労働者の位置づけを考える
日本大学 武井 勲
(司会:麗澤大学 熊野留理子)

4. 明治維新時のピジン横浜方言-語彙論的分析-
日本大学 大川英明
(司会:桜美林大学 小池一夫)



15:00  講 演 (C:508教室)      司会 日本大学 高橋 章

   「南極メルトダウン―地球温暖化の現状」
北沢 栄 (ジャーナリスト 作家 日本ペンクラブ会員)


16:30 総 会(508教室)             司会: 長岡技術科学大学 高橋綾子
   
    閉会の辞                   副会長・日本大学 高橋 章

17:00 懇親会(39号館カフェテリア)            司会:日本大学 小川直人
                                         
        
乾杯                      

閉会の辞              


*懇親会のお申し込みは、5月19日(日)までに、学会事務局宛てに、葉書または電子メール等でお知らせください。会費3000円。

*本学会は学生や一般の方々にも公開しています。事前申し込みは不要です。


会場案内
日本大学生産工学部津田沼校舎
東京駅からJR総武快速線「津田沼」駅まで:約28分
秋葉原駅からJR総武線「津田沼」駅まで:約30分


最寄り駅からのアクセス方法:
1.京成本線京成大久保駅から徒歩約10分
2.JR津田沼駅北口から京成バス4番・5番のり場・日大生産工学部下車


お問い合わせ:
〒411-8555 三島市文教町2-31-145
国際文化表現学会事務局(宗形研究室)
Phone&Fax: 055-980-0751
Email: munakata.kenji@nihon-u.ac.jp



<<研究発表要旨>>

A:501会場

1.白居易の詩における「雪」の表現について

日本大学(非) 中元雅昭


 本発表は、中国の詩人・白居易(772-846)の「雪」について、それが如何なる心象を醸し作品の表現に連関しているのかを明らかにするものである。
白居易はその生涯において、風景描写や賞玩の対象として「雪」と「月」と「花」を多く詠んだことで広く知られる。事実、季節の風物の美を象徴する「雪月花」という言葉は、白居易詩の「雪月花の時最も君を憶う」(2565「寄殷協律」)にはじまる造語である。また、「雪」を詩題に掲げる白居易の作品は全部で27首確認でき、これは『全唐詩』において最も多い数でもある。
これまでの研究おいて、白居易にとって「月」と「花」は単に愛でる対象に留まらず、詩人の「情」を解する友人のような存在として認識されていたことがすでに指摘されている(中木2015)。しかし、一方で「雪」については未だ網羅的な調査が行われていないというのが現状である。
 そこで、発表者は昨年の本学会の大会において、白居易の詩題に「雪」の字を有する詠雪詩についての考察を行った。そこでは、➀長安時代の詠雪詩には、自然風景にとどまらず為政者としての社会批判の精神を反映した作品も存在すること、②左遷時代の詠雪詩には、不遇な運命を受けとめて自己肯定を追求しようとする姿勢も描かれていること、③洛陽時代の詠雪詩には、単に情景描写というよりは友人との楽しみを共有する交友詩としての様相を有していること、の3点を指摘した。
つまり、白居易の詠雪詩には自然を単に美しいものとして親しむのではなく、自己肯定のきっかけとしたり、友人との雪見の楽しみを共有したりと、白居易の人生に対する積極的な姿勢が描かれていることが明らかとなったのである。
 以上の研究成果を踏まえ、今回は白居易の「雪」に関する対象作品をさらに拡大し、詠雪詩のみならず、詩中に使われている「雪」の字についても調査も進めていく。とりわけ、比喩や色彩語などの修辞上の技法を考察の糸口として、「雪」を詠んだ詩における作者の心象とその表現方法の特徴を明らかにしたい。


2.広津和郎のバーナード・ショー受容
――武者小路実篤への批判を通して――

日本大学(非) 永吉 和隆

 広津和郎(1891-1968)は大正から昭和戦前は翻訳、文芸評論、小説、出版事業、官僚による文学統制への抵抗など、戦後は松川裁判の弁護を行うなど多岐にわたって活動したリベラリストとして知られる。本発表では広津が早稲田大学在学時の1910年から文芸評論家として活躍した1917年のテクストを対象に、これまで検討されてこなかったバーナード・ショー(1856-1950)の受容について考察する。
 広津和郎の初期テクストにおける外国文学の受容は、チェーホフ、トルストイ、アルツィバーシェフといった19世紀末から20世紀前半のロシア文学のそれを中心に研究されてきた。広津自身「私はバーナード・ショーからは余り影響を受けていない」(『年月のあしおと』1963年)と述べていることもあり、ショーについては全く注目されてこなかった。しかし、彼は大学生時代に坪内逍遥と片上伸のショーのテクストを扱った講義により「意志」の問題に目を開かされたこと、さらに当時の日本文壇における「偶像破壊者」ショーという受容の枠組みに示唆を受けつつ独自の受け取り方をしていたことが、広津のテクストから読み取れる。具体的には、彼の『年月のあしおと』での大学生時代についての回想や「疲れたる死」(『奇蹟』1913年)、さらには時を経て「やもり」(『新潮』1919年)、対談「散文精神」(『文芸』1936年)に至るまで、ショーの影響がみてとれるのである。
 こうした影響は、広津が現実の社会関係(文壇)の中で文学者として自己形成を図る中で、どのように展開されることになるのか。彼は、日本自然主義文学を乗り越えようとする青年たちの中心と目された武者小路実篤(1885-1976)を批判することによって、文学者としての位置性を確認しようと試みている。武者小路への批判はこれから文学者として本格的に活動していくことを目指す広津にとって、根本的な意味を持つ営為であったのである。
 以上のように本発表では、広津和郎におけるバーナード・ショーの受容を、武者小路実篤への批判を通してみていくことにより、広津文学の基盤の一端を明らかにしたい。


*キャンセル
3.The Story of the Wedding Ring から考えるバーサ・クレイの再評価について

日本大学 松井洋子

バーサ・クレイ(シャーロット・メアリ・ブレイム)の小説は、明治中期、通俗的な
小説や家庭小説として人気を得た小説に影響を与え、受容された。尾崎紅葉の『金色夜叉』の種本がクレイの『女より弱き者』(堀啓子訳)であったことが明らかになって久しい。黒岩涙香の探偵小説にも様々な西欧の小説の影響があり、その中にクレイの小説もあげられている。また、菊池幽芳の『乳姉妹』のようにはっきりとクレイの『ドラ・ソーン』の翻案小説であると書かれているものもある。19世紀の欧米の女流作家による家庭小説とは一線を隠したところに位置されるクレイの作品ではあるが、日本の比較文学の研究には評価されるものがあるように思われる。
本発表では、クレイの中篇小説 The Story of the Wedding Ring をテキストにして背景となる階級社会の中でのヒロイン像を考察したい。また’wedding ring ‘をタイトルにあげているクレイの他の小説との対比をしながら、クレイの小説を再評価していきたい。
近年、明治期の女性徒の群像劇が21世紀の作家によって描かれ、出版され、評価を受けている。そこには社会的役割における女性の問題が描かれており、現代にも通じるものがある事を示唆しているように思われる。また欧米では、19世紀の女性作家の家庭小説はペーパーバック版で復刻され読み続けられている。クレイの小説も図書館の中にひっそりと置かれて忘れ去られることなく、一般の読者が簡単に手にすることが出来るようになった。これは、現在も19世紀の家庭小説が、女性学の視点から再評価され続けてきた一例であろう。
クレイの小説が現在の日本の読者に改めて紹介された場合、どの様に受けとめられるのだろうか。日本の現代の大衆文化への融合は可能なのだろうか。 


4.フロベール『感情教育』における「無気力な情熱」と崇高性の問題

日本大学 橋本由紀子

 フロベールは「自分の世代の人々の感情史」、「つまり無気力な情熱の物語」として『感情教育』(1869)を著した。この長編小説は、1848年の二月革命を中心に七月王政末期から第二帝政に至る激しい時代の流れをリアルに描いた歴史小説とも見なされる。しかしこの作品ではむしろ激動の時代に生きながら、そこに対峙することなく流されていく、青年の夢想と幻滅に焦点が当てられる。
 十九世紀前半はロマン主義の時代であり、個人の感情の解放が謳われた一方で、多くの青年たちが社会と自己との間に乖離を感じ、世紀病と言われる憂鬱な空気の中にいた。彼らは現実から目をそらし、崇高な魂、天上世界の美といった理想を追い求め、崇高な恋人や聖なる愛を描き出そうとする。フロベールは、青年期にはロマン主義の影響を受けたものの、その後は一転してその感傷的な世界を「感情の垂れ流し文学」と激しく批判した。
 主人公のフレデリックはまさに、夢想と幻滅に支配され恋愛に聖性を見出す、ロマン主義世代の平凡なブルジョワ青年である。この青年の関心は一目惚れする人妻アルヌー夫人に集中する。この人物は一通りの教養は備え、将来への野望も見え隠れするが、確固とした信念を持っているわけではない。夫人への情熱も、本で読んだ紋切型に当てはめられる。それでもキリスト教がその権威を失い革命が聖化される時代にあって、そこに生きる青年のまなざしには、ひたすら崇高を求めるひとつの宗教性が見出される。
 本発表では、この青年の「無気力な情熱」が描く世界を、フロベール的な「崇高」の視点から見つめてみたい。フロベール自身にとって、宗教と愛というテーマは自らの芸術と、そこに求められるべき崇高という問題に直結していた。何よりフレデリックの生は、アルヌー夫人という崇高な女性への、宗教的とされる恋愛感情によって支配されている。崇高を失った世界に生きる青年が求める聖性=理想の愛とは、またこの作品に記される「崇高」とは、いかなるものなのか。


B:502会場

1.「明治民法における配偶者相続権についての一考察」
    -明治民法は、どのように外国法の影響を受けたのか-

日本大学(非) 鈴木信好

 相続法制の見直しを目的とした法制審議会民法(相続関係)部会が、平成27年4月に第1回会議を開催した。平成28年6月21日には、中間試案も公表され現行相続法制のどの部分が議論されているかが明らかとなった。中間試案では、5つの論点について審議されている。その中でも、今回は、「第1配偶者の居住権を保護するための方策」について取り上げる。
 本議論の発端となった考えは、被相続人が亡くなり相続人たる配偶者が残された状況において現代的な社会的事情からより生存配偶者の保護を図るべきではないかというところにある。今回の改正では、パブリック・コメントに寄せられた意見を考慮した結果、生存配偶者の法定相続分割合を引き上げるに至らなかった。では、これまでのわが国の相続に関する歴史の中で、生存配偶者の法制相続分は、どのように定められていたのか。どのようにして生存配偶者の保護が図られていたのかを歴史的な視点から読み解こうとすることが本発表の目的である。
 特に本発表では、前回の東京大会で発表させて頂いた続きから、すなわち、民法典論争が終結し、いわゆる明治民法の編纂が行なわれる時期に焦点を限定し、論じるものである。
 本発表では、明治民法編纂に当たり受けた外国法の影響を比較・検討対象とし、わが国との社会的文化的な背景、相続に関する考え方などの相異を明らかにした上で、当時、わが国における生存配偶者の従前の生活を維持する方策はどのように図られていたのかについて検討しようとするものである。


2.在日インドネシア人ムスリムの宗教的実践と宗教的つながり

日本大学 伊藤雅俊

 現在、日本には14万人以上のムスリムが暮らしており、日本人ムスリム(日本国籍を取得した外国出身者を含む)だけでも4万人に上る。外国人ムスリムのおよそ7割は、インドネシア人、マレーシア人、パキスタン人といった東南アジアと南アジア出身者で占められ、その中でもっとも多いのがインドネシア人である。
 本発表は、日本に暮らすムスリムの現状を、インドネシア人ムスリム個々人のイスラーム教や信仰に対する考え方および彼ら/彼女らが行うイスラーム的な催し等の具体的な事例を示すことによって、明らかにすることを目的としている。研究対象がインドネシア人ムスリムと限定的ではあるものの、日本社会において不可視的なムスリムの生活世界を提示できるだろう。
 日本でインドネシア人ムスリムが実施するシラトラミ(Silaturahmi)やプガジアン(Pengajian)のようなイスラーム的で親睦的な催しや、日本各地のモスクやムサッラー(礼拝所)で行う金曜礼拝は、本国で行っていることと何ら変わりない。異なる点は、それらを異文化社会、非イスラーム地域である日本で実施しており、非イスラーム地域であるからこそ、本国にいるときにもましてそれらをより自覚的・意識的に行っているという点である。そうした傾向は、ムスリムとしての敬虔さの強弱と関係なしに認められるとも言えよう。
 滞日ムスリムに関するこれまでの文化人類学的・社会学的研究においては、モスクにおけるフォーマルな活動に焦点があてられてきたが、本発表ではシラトラミのようにインフォーマルな催し事も扱う。他方、インドネシア人ムスリムと日本社会ないし日本人との関係や相互理解、インドネシア人ムスリムとその他のエスニック集団との交流や接点といった異文化接触に着目する研究調査も興味深いが、本発表では、インドネシア人ムスリム同士の交流という、よりマイクロな視点から彼ら/彼女らの非イスラーム地域におけるムスリムとしての生活の一端を示したい。


3.米国経済におけるヒスパニック移民労働者の位置づけを考える

日本大学 武井 勲

 近年の米国労働市場における2つの重要な特徴として、(1)格差の拡大と(2)移民の増加および出身国の多様化が挙げられる。格差の主な要因は、学歴とそれに関連した技能である。グローバル化によって、専門技術者の獲得競争が地球規模で繰り広げられる今日、単に教育年数の長さではなく、大卒および大学院卒と、それ未満の者との間の格差が顕著になっている。また、STEM(Science, Technology, Engineering, and Mathematics)と称される専門性の高い科学・技術・工学・数学関連の専攻分野と、それ以外の学問領域との間の格差も固定化しつつある。
 外国から米国への移住者は1965年の960万人から2015年には4500万人に達し、その割合は5パーセントから14パーセントと約3倍に増加した。こうした移民の多くは米国労働市場で求められる教育水準や英語能力、技能を持ち合わせていないため、米国経済に適合し得るのかという懸念がある。彼らに割り当てられる労働の質・量ともに停滞する中、低学歴者を多く含む中南米からのヒスパニック移民は増加の一途をたどっているからである。
 市民が敬遠する重労働を非熟練労働移民が担うという構図は、先進国では共通した現象である。ところが不況期において移民は、雇用と賃金を圧迫する脅威として捉えられる。こうした反感は低学歴者の間でより強く、労働組合の弱体化、最低賃金の下げ止まり、そして企業の人員削減といった経済停滞が目立つ地域で高まる傾向にある。不法移民規制の強化による雇用拡大を主張するトランプ大統領が、中西部から北東部にかけての「ラストベルト(さびついた工業地帯)」で多くの白人労働者の支持を集めたことは我々の記憶に新しい。
 本報告では、近年の米国国勢調査局データを用いて、ヒスパニック移民と白人の雇用格差を学歴別に検証する。こうした分析は、ヒスパニックに対する労働需要や白人の雇用との関連性、そして学歴がもたらす両集団の内部格差を考察する上で有益であろう。なお、本報告において「ヒスパニック」とは中南米やカリブ海地域からの移民を指し、その6割はメキシコ人が占めている。また「白人」とはこうした中南米系出身者を除く、主にヨーロッパ系で米国生まれの非ヒスパニック系白人を指す。


4.明治維新時のピジン横浜方言-語彙論的分析-

 日本大学 大川 英明  

 本発表は明治時代初期に出版されたAtkinson (1879) Revised and Enlarged Edition of Exercises in the Yokohama Dialectの語彙論的分析を行い,語彙や句・節の理解を解明することを目的とする。Atkinson (1879)を分析した論文は少なくないが,その多くは個々の語の意味や語源を中心に分析している。本稿では品詞,語形成,語の意味などの語彙論的分析を試みる。
 今回の分析の結果,Atkinson (1879)では名詞・名詞句(約65%),外国語・外来語(約12%),動詞・動詞句(7.4%),形容詞・形容動詞(8.5%),副詞(7.4%),その他,と続くが,国語辞書と比べると,これらの品詞が上位を占めることは同様であるが,順位が異なることが判明した。逆に少ない品詞は連体詞,助詞,間投詞,代名詞,接続詞,などである。助詞を中心に抽象的である機能語の把握が困難であったことが考えられる。
 語形成では「chobber chobber (食物や食べること表す語)」のような繰り返しが特徴的である。接辞は少ないが,理解はしており,「(baby) san(さん)」や「(ichi) ban(番)」のような接尾辞の機能と出現位置を理解している。また,句の中心語が句末に置かれるという右側主要部の規則も正しく把握していたことを主張する。
 句の構造では「ooshee chee chee ((牛-乳) fresh milk)」のように助詞を使わず,単語を単純に並べるという傾向が顕著である。また,節や文においても「tacksan hanash bosan (たくさん-話し-坊さん (officiating priest))」のように,動詞の欠如に伴い,数,格,時制,アスペクト(相),法(ムード),態(ボイス)などの第2次文法範疇がほとんどないことからAtkinsonはこれらを理解していなかったことがうかがわれる。彙数は限られているが,「hahdykesan ((歯大工さん) dentist)」のように知っている語彙を駆使し,分析的に表現を構築する努力が認められる。

以上

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